猫と月の廃墟

備忘録みたいなものです。

選択肢と遡及的な潜在性の生成可能性

選択について

 

お久しぶりです。約一か月ぶりの更新です。今回は、「試論」の影響から勢いで書いたような記事です。いつもの如くつらつらと書き綴っていきます。

 

①選択とは

広義の選択は、幾つか存在する手段の内から、ある目的に沿ったものを選ぶという意味を持っています。このような意味をもう少し深く捉えるならば、前提として選択が為される前にある目的が存在し、その目的に達するために、合理的と判断される道筋が選択されるものであると考えることができるでしょう。これについて考えるうえでの一例を提示するならば、目的地までの道の選択が示唆的であると考えます。そのため、以下では目的地までの道筋決定のプロセスを例として挙げつつ、選択という行為についての考察を深めていきたい所存です。

不慣れな土地にある目的地へ移動することになったとき、まず目的地に至るための道筋を列挙し、どの道筋が最良であるか検討する。以上のことがらは、前述したような状況下では往々にして生じうる思考ですが、このような思案の背景には、始点と終点を指定し、次に目的地までの道筋が描かれ、なおかつその道筋が何らかの基準のもとに選別が為されるという一連の思考過程が存在するように思えます。目的地を設定した後、道筋は多数列挙されると思いますが、その道筋のなかには現実的な実現性を欠いたものや、非合理的であると考えられるようなものも存在するでしょう。ここで云う非合理性について極端な例を挙げるならば、目的地に至るまでに個人の家宅を横断する等といったものが挙げられます。そして、このような目的にそぐわぬ道筋は思考過程の段階で選択肢から排除されていると考えます。このことから、最終的に選ばれる道筋は既に幾つかの選別を経たうえで残ったものであると言えるでしょう。そして、このような過程を経たうえで形成された道筋は目的地に対して合理的な選択肢となりうるといえるのではないでしょうか。    

以上のことから、選択という行為は遂行される行為の前にあり、目的地と道筋の関係に見られるように、選択という行為自体が幾つかの否定を得たうえで成り立つようなものであると考えられます。

ここまでに、選択という行為の一端に触れ、幾つかの諸性質を明らかにすることができたように思えます。ここでは、本題にある「ノベルゲーム」における選択概念についての考察を深めていきます。

 まず、「ノベルゲーム」では選択がどのようなものとして示されるかについて明らかにすることから始めます。「ノベルゲーム」の選択の特徴として、一つの世界で分岐したシナリオ上の可視化された一点、分岐点において選択肢自体が目に見える形で現前しているという点が挙げられます。しかし、ノベルゲームのシステムから、選択肢概念をノベルゲームという一ジャンルで一括りにすることは難しいように思われます。そのため、ここではゲーム内で選択肢が存在し、それがゲーム内シナリオの分岐に関わるものに対象を限定します。そのうえで、再び「ノベルゲーム」における選択肢概念について再考致しますと、「ノベルゲーム」の選択肢は、シナリオ(道筋)上で分岐点、或いはそれに関わる段階で選択肢が可視化されていて、なおかつプレイヤーがその選択肢を選ぶという行為に関わっているという点が挙げられます。まず、前者の分岐点・選択肢の可視化についての話を進めますと、選択肢の可視化というシステム上の特徴は一項の選択肢概念から考えるに、ある行為のまえに先立って現れる前行為な性質を持つものであると位置づけることができます。また。ここで着目すべき点はこのような選択肢がシナリオの分岐、ひいては登場人物の行動の契機ともなりうるというところにあります。このことはゲームにおける選択肢がシナリオの分岐やそのEDに繋がっているということが言えます。

もう一つ選択肢の可視化についての言及を付け加えますなら、この選択肢自体が幾らかの限定的な状況下の下に成り立っているということです。これは最初に述べました選択肢の限定的性格とも関わるところですが、ゲーム上の選択肢の限定的選択は合理的な規範、ないしは個人的な傾向による限界性ではなくシステム上で物語が語りうる範囲の限界性に基づくものではないかと推測致します。ノベルゲームの特徴として、ライトノベル等の小説媒体にはない多様なありうる世界の提示というものが挙げられますが、選択肢による分岐というシステムから多様な世界を分岐された世界として描くことには限界が存在するのではないでしょうか。

以上のことから、ノベルゲームの選択肢はある行為の前の分岐点で可視化されており、そのような選択肢はシナリオの分岐や物語の結末について重要な役割を占めているように思えます。そして、ノベルゲームの選択肢は分岐というシステム上では限界付けられたものとして提示されていると結論付けます。

前述しましたように「ノベルゲーム」の選択肢はシナリオ内で分岐や結末に関わるものですが、ここではそのような選択肢にプレイヤーが関わることについて考えていきます。

まず、ノベルゲームでプレイヤーが選択肢・分岐に関わることはシナリオの分岐先にある結末に関わるということを意味します。このことはギャルゲー的な攻略という観点による選択についての考えですが、攻略という視点から見るなら、選択はプレイヤーの物語への意思介入の機会であるように思えます。ここで言うところのプレイヤーの意思については、〇〇というキャラが好きだから、〇〇のシナリオが良いから、等のプレイヤーの動機からくる選択と捉えてくださって大丈夫です。さて、話を戻しますと先ほどプレイヤーの意思介入と選択肢について少し言及致しましたが、ここから先ほどのノベルゲームの選択肢の限界性も踏まえつつ話を進めていきたいと思います。

選択肢の限界性という観点からプレイヤーの介入可能性について考えますと、分岐後のEDから選択肢を振り返ってみたときに、その選択肢と分岐は幾らかの必然性のような性格を帯びているように思われます。これは結末から振り返ってみたときに、選択肢と分岐点が可視化されているというところから生じると考えます。

②潜在性の遡及的形成可能性について

選択肢の限界性とプレイヤーの関係性について考えたときに、ノベルゲームの選択肢は限界性から限定されており、またプレイヤーの選択そのものも限界づけられているように思われます。ここでは、そのような限界性からではなく、分岐点と選択肢が存在するということからノベルゲームの選択肢とプレイヤーの読みについてもう一度考えていきたいと思います。

まず、システム上の選択肢の限界性から分岐として現れる世界は限定されています。しかし、選択肢と分岐が存在するということは多様な世界の在り方を示唆する諸点であるように思えます。分岐後の結末から選択肢と分岐点を振り返ったとき、そこでは前述したような必然性のようなもの伺えますが、それと同時に分岐点やそこに至るまでの道筋に潜在的な分岐点を見ることも可能であるようにも思えます。恐らくこの傾向は両者ともに分岐した物語が進むにつれて顕著になり、分岐点が提示されるにつれて潜在的な分岐点も意識されるのではないでしょうか。そして、このことから潜在的な分岐点は遡及的に形成されるのではないかと考えます。

ここに、ノベルゲームの選択肢と分岐点から生じた世界に反復可能な遡及的読みの可能性があるように思われます。

 

以上で今回の記事は終わりです。ここまで読んでくださり有難うございます。考えがまとまっていないところが多く、これから詰めていけたらなと思っている次第です。